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熱なしの首の痛み。子供の成長と骨格の特性
なぜ、子供は大人ではあまり見られない「環軸関節回旋位固定」のような、特有の首のトラブルを起こしやすいのでしょうか。その答えは、子供の成長過程における、骨格や靭帯の解剖学的な特性に隠されています。大人の首の骨(頸椎)は、一つひとつの骨が大きく、関節の噛み合わせも深く、強力な靭帯や筋肉によって、しっかりと安定しています。そのため、よほど大きな外力が加わらない限り、関節がずれたり、脱臼したりすることはありません。一方、子供、特に幼児期から学童期にかけての頸椎は、まだ発達の途上にあります。まず、骨そのものが、まだ軟骨成分を多く含んでおり、大人に比べて柔らかく、変形しやすい状態です。そして、環軸関節(一番目と二番目の頸椎の関節)の関節面は、大人に比べて傾斜が大きく、水平に近い形状をしています。これは、お皿の上にお皿が乗っているようなもので、構造的に滑りやすく、不安定なのです。さらに、この不安定な関節を支える「靭帯」も、大人に比べて非常に緩やかで、伸展性に富んでいます。子供の体が柔らかいのは、この靭帯の柔軟性のおかげでもありますが、それは同時に、関節が必要以上に動いてしまい、ずれやすいという弱点にも繋がります。これらの「骨の形状が未熟」「関節面が水平に近い」「靭帯が緩い」という三つの要素が、子供の頸椎を、大人とは比較にならないほど不安定な状態にしています。だからこそ、大人であれば何でもないような、ソファでうたた寝をする、でんぐり返しをするといった些細なきっかけや、風邪による喉の炎症が波及するだけで、環軸関節のバランスが崩れ、回旋位固定という状態を引き起こしてしまうのです。この子供特有の解剖学的な特徴は、成長と共に徐々に変化していきます。骨が成熟し、靭帯がしっかりしてくる思春期以降になると、環軸関節回旋位固定の発生頻度は、著しく減少します。つまり、この病態は、子供の体がまだ成長段階にあることの、一つの証しとも言えるのです。熱のない突然の首の痛みは、親を心配させますが、それは子供の未熟でデリケートな体の構造が原因で起こる、成長過程の一過性のトラブルであることが多い、ということを理解しておくと、少し冷静に状況を受け止めることができるかもしれません。