殴り合いの喧嘩や、あるいはスポーツ中の激しい接触などで、自分の拳を相手の口にぶつけてしまったとき、多くの人は「相手を怪我させてしまった」ことに気を取られ、自分の手の傷を軽く考えがちです。しかし、相手の歯が自分の拳の関節部分に当たってできた小さな傷は、医学界では「ファイト・バイト(Fight Bite)」と呼ばれ、最も危険な咬傷の一つとして恐れられています。このケースで何よりも先に訪れるべきは外科、それも手の外科を専門とする医師がいる病院です。なぜこの傷がそれほどまでに危険なのかと言えば、拳を握った状態で歯が当たると、相手の口内の細菌が関節包や腱鞘の奥深くにまでダイレクトに送り込まれるからです。そして、手を開いて拳の力を抜いた瞬間、伸びた皮膚や筋肉がその汚染された穴を蓋のように塞いでしまいます。つまり、表面からは小さな擦り傷に見えても、その下には高度に汚染された「密閉された細菌の培養室」が出来上がっているのです。これを放置すると、数時間から一晩で手全体が風船のように腫れ上がり、激痛のために指一本動かせなくなる「化膿性腱鞘炎」や「化膿性関節炎」へと進行します。こうなると、外科的な緊急手術を行って膿を出し切り、関節を洗浄しなければ、永久的な手指の麻痺や機能障害を残すことになります。初期の段階で外科を受診すれば、医師はまずレントゲンを撮って、歯の欠片が組織の中に残っていないか、あるいは骨折がないかを確認します。その上で、たとえ針の穴のような傷であっても、局所麻酔をして傷口を広げ、奥まで洗浄液を流し込む処置を行います。この時、患者の中には「大げさにしたくない」と消極的な姿勢を見せる人もいますが、この一見過剰とも思える初期処置が、数日後の手術を回避するための唯一の手段なのです。また、相手の口腔内に何らかの感染症があれば、そのリスクも考慮した血液検査や予防投与が行われます。拳の傷は、単なる喧嘩の勲章ではありません。あなたの将来の「手」を奪いかねない恐ろしい病の入り口です。もし拳に歯が当たったと感じ、少しでも出血があったなら、恥ずかしさを捨てて今すぐ外科の門を叩いてください。医師は事情を冷静に聞き、淡々と医学的な処置を施してくれます。自分の手の自由を守るために、一刻を争う受診が必要であることを強く認識すべきです。