あの日、心臓の緊急手術を終えて集中治療室から一般病棟に移った私を待ち受けていたのは、命が助かった喜びではなく、現実的な「お金」への恐怖でした。フリーランスとして働き、貯金もそれほど多くなかった私にとって、数週間に及ぶ入院と高度な手術の費用は、今後の生活を破綻させるに十分な金額に思えたのです。夜も眠れず、看護師さんに「入院費が払えないかもしれない」と漏らした際、紹介されたのが病院のケースワーカーさんでした。それまで私は、ケースワーカーという存在がどのような役割を果たしているのか全く知りませんでした。役所の冷たい窓口のような対応を想像して身構えていましたが、病室を訪れた彼女は、私の不安を遮ることなく最後まで静かに聴いてくれました。彼女が最初にしてくれたのは、現在の私の加入している保険の種類を確認し、高額療養費制度を適用した場合の具体的な支払額を算出することでした。何百万円もかかると思い込んでいた費用が、制度を利用すれば月額数万円から十数万円の範囲に収まることを知り、それだけで胸のつかえが取れる思いがしました。さらに彼女のアドバイスは、単なる費用の計算に留まりませんでした。仕事ができない期間の所得を補うための給付金制度や、私の病状であれば申請が通る可能性がある福祉サービスなど、自分一人では一生辿り着けなかったであろう情報を次々と提示してくれたのです。驚いたのは、彼女が私の自宅近くの役所や社会福祉協議会とすでに連携を取り、私が退院した後に利用できる貸付制度の予約まで調整してくれていたことでした。彼女は「医療は受ける権利がありますが、生活を壊してまで受けるものではありません。私たちはそのバランスを取るためにここにいます」と微笑みました。その言葉を聞いたとき、私は自分が孤立無援ではないこと、社会には助けを求めれば応えてくれる仕組みがあることを強く実感しました。入院生活の後半、リハビリに前向きに取り組めたのは、間違いなく彼女が経済的な不安という重荷を取り除いてくれたおかげです。退院の日、会計窓口で提示された金額は、彼女の予測通り、私でも支払える範囲に収まっていました。もしあの時、彼女というプロフェッショナルに出会っていなければ、私は無理な退院を強行したり、借金を背負ったりしていたかもしれません。病院は病気を治すだけの場所ではなく、人生の不測の事態を立て直すための場所なのだと、彼女の仕事を通じて学びました。今、病室で同じように天井を見上げ、未来に絶望している人がいるなら、迷わずケースワーカーさんを呼んでほしいと思います。彼らは、あなたの人生という物語を再び動かすための、最高のアドバイザーになってくれるからです。