犬による咬傷は、医学的に「動物咬傷」というカテゴリーに分類され、通常の切り傷や擦り傷とは全く異なる管理が必要です。その最大の理由は、犬の口内に存在するパステレラ・ムルトシダといった常在菌の存在です。これらの菌は、人間の組織内に入り込むと極めて短時間で増殖し、重篤な感染症を引き起こす特性を持っています。そのため、犬に噛まれた際に受診すべき診療科として外科が第一に挙げられるのは、物理的な損傷の修復以上に、徹底的な細菌の除去と感染管理が求められるからです。外科での処置はまず、創傷のデブリードマン、つまり感染の温床となる死んだ組織や異物を取り除くことから始まります。犬の噛み傷は、牙が刺さる「穿刺傷」の形をとることが多く、表面の傷口が小さくても奥が深く、密閉された空間で嫌気性菌が繁殖しやすい環境を作り出します。外科医は、この奥深くに入り込んだ汚れを掻き出し、大量の生理食塩水で圧力をかけて洗浄する「圧注洗浄」を行います。これは皮膚科のような塗り薬主体の治療では対応しきれない、外科ならではの処置です。また、傷を縫合すべきかどうかの判断も極めて専門的です。通常の傷であれば早く閉じることが優先されますが、犬に噛まれた傷をすぐに縫ってしまうと、中に細菌を閉じ込めてしまい、巨大な膿瘍を形成するリスクがあります。そのため、多くの外科医はあえて傷を開けたままにして排膿を促す「開放療法」を選択することが一般的です。さらに、全身への感染拡大を防ぐために、適切な抗菌薬の選定が不可欠です。ペニシリン系やセフェム系の薬剤が用いられますが、細菌検査の結果が出る前から、経験的に最も効果が高いと思われる薬剤を開始する迅速さが求められます。もし、噛まれた部位が関節の近くや手の指などの場合、感染が腱鞘や骨にまで及ぶと、生涯にわたる機能障害を残す恐れがあります。このような事態を避けるためには、単なる応急処置ではなく、外科的な視点を持った専門医による初期介入が欠かせません。犬に噛まれたという事実は、たとえ出血が止まっていても、体内に「生物兵器」を注入されたような緊急事態であると認識し、速やかに外科の門を叩くことが、医学的な観点から最も推奨される行動なのです。
犬に噛まれた傷の深さと細菌感染を防ぐための外科的処置