日々多くの患者さんを診察している内分泌専門医として、私が最も危惧しているのは、甲状腺の病気が「他の疾患の陰に隠れてしまうこと」です。甲状腺は全身の細胞にエネルギーを供給するアクセルのような役割を担っているため、その不調は頭の先から足の先まで全身に現れます。それゆえ、患者さんは不眠なら心療内科、動悸なら循環器内科、下痢なら消化器内科、月経不順なら婦人科を訪れます。そこで部分的な処置が行われ、根本原因である甲状腺が見逃されてしまうケースが後を絶ちません。もし、複数の診療科を通っても症状がスッキリ改善しない場合、あるいは全身に及ぶ多彩な症状に悩んでいるなら、一度は「内分泌内科」を訪れ、甲状腺ホルモンの数値をチェックしてほしいのです。私たち専門医が診察室で最初に見るのは、患者さんの表情や話し方、そして何気ない手の動きです。例えば、バセドウ病の患者さんは、落ち着きがなく早口になったり、視線が鋭くなったりすることがあります。逆に低下症の方は、動作がゆっくりになり、言葉を選ぶのに時間がかかるようになります。こうした微細な変化を拾い上げるのが専門医の技術です。また、甲状腺疾患は家族性に現れることも多いため、血縁者に甲状腺の病気を患った人がいないかという情報は、診断の大きな助けとなります。内科を受診すべきか、外科を受診すべきかという点についてもよく相談を受けますが、まずは内科、特に内分泌内科を受診するのが基本です。甲状腺の病気の九割以上は内科的な投薬治療でコントロール可能だからです。手術が必要になるのは、腫瘍が悪性であったり、巨大化して気道を圧迫したりしている特殊なケースに限られます。甲状腺の病気は「自覚症状が自分の性格や年齢によるものだ」と思い込んでしまうのが最大の敵です。怒りっぽくなったのは性格ではなくホルモンのせいかもしれない。寒がりなのは体質ではなく、甲状腺の機能が落ちているからかもしれない。そうした気づきを持って専門医の門を叩いてください。ホルモンという目に見えない物質を数値化し、それを整えることで、人生の質は劇的に向上します。私たちは、患者さんが自分本来の活力を持って社会に戻れるよう、血液検査の一つのデータから全身の状態を読み解く努力を続けています。
内分泌専門医が語る甲状腺疾患を見逃さないための知恵